4月25日(水) 赤口
旧暦 3月10日
月齢 9 十日月 (小潮)


<行 事>
奈良興福寺文殊祭


<過去の出来事>

  • 東京・上野両駅で、入場券自動販売機を導入し、使用開始(1926)

  • 大阪駅前に初の横断歩道橋(19 63)

  • 東京・銀座の歩道で1億円拾得(1980)

  • 自治体、隔週土曜閉庁(1988)

  • フランスでギロチンの実用化
    1792年のこの日、フランスでギロチンが実用化。当時、フランス革命後の恐怖政治により、毎日、何百人もの処刑者を出す惨状。そこで、死刑囚の苦痛を少しでも軽減しようと思い立った医師ジョゼフ・ギヨタンが必殺断首台を発明した。この「ギヨチーヌ」がギロチンとなった。
  • ハワイ移民の先駆者たちの船出
    時は江戸末期。ハワイ名誉領事から、さとうきび畑の労務者募集があった。その依頼を仕切ったのは、横浜の大親分・木村半兵衛。男子150名、女子3名が集まったものの、幕府から「海外渡航まかりならぬ」の通知を受ける。その後、将軍慶喜が江戸城を明け渡すとの報を聞き、幕府の動揺に乗じて、半兵衛は密航を決意。とがめられたら「伊豆へ行く」との口裏を合わせ、移民一同印半纏に股下姿に変装させ、1868年(慶応4)のこの日、横浜港を出発した。35日かけてハワイに到着した一行は大歓迎を受けたという。



<記念日>

無し


<今日の雑学>
サンドイッチ諸島の名付け親は?
1868年4月25日に第1号移民120余名が横浜港を出発して以来、日本とはなにかと縁が深いハワイ。西洋人では英国の探検家ジェイムズ(キャプテン)・クックが初めてハワイ諸島に至った。彼は1768〜71年に最初の太平洋航海を行い、オーストラリア大陸の英国領有を勝手に宣言したというとんでもない人物だが、76年の第3回航海でハワイに至り、時のイギリス海軍総司令官だったサンドイッチ伯爵の名(パンのサンドイッチの由来でもある)を取ってサンドイッチ諸島と命名。北極圏を周った帰途に再びハワイ島に立ち寄り原住民に殺されている。当時、ハワイ諸島は4王国に分かれていたが、1810年にカメハメハ1世が全島を統一してハワイ王国が成立。94年に共和国となったが、1900年にアメリカに領有され、59年にハワイ州となった。