5月21日(日) 大安
旧暦 4月2日
月齢 1.5 既朔 (大潮)


<二十四節気>
小満 (しょうまん)
四月中 (卯月:うづき)
太陽視黄経 60 度
万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る(暦便覧)
陽気がよくなり、草木などの生物が次第に生長して生い茂るという意味。西日本でははしり梅雨が現れる頃。

<行 事>


<過去の出来事>
伊豆下田黒船祭

舎人親王らが『日本書記』を完成する(720年)

織田信長・徳川家康が武田勝頼を長篠で破る(1575年)
 長篠の戦いでは火縄銃が威力を発揮した。

京都に日本最初の小学校が開校(1869年)

パリ・コミューン攻撃の血の1週間が始まる(1871年)

リンドバーグが大西洋無着陸横断飛行に成功(1927年)

日本が誇る病理学者・野口英世逝く(1928年)
 「その努力は科学に捧げつくされた。人類の為に生きた彼は人類の為に死んだ」という野口英世を賛えた記念碑が、ニューヨークと終焉の地であるアフリカのアクラに建っている。スピロヘータの純粋培養の研究で世界的評価を受けた野口は、黄熱病の研究に取りかかりアフリカに赴く。当時の顕微鏡では発見できない病原ウィルスを追ったが、感染。1928年5月21日、51歳でこの世を去った。

新宿御苑を一般解放(1949年)

売春防止法が成立(1956年)

アメリカがビキニ環礁で水爆投下実験(1956年)

エボラ出血熱の流行をWHOが発表(1995年)



<記念日>



<今日の雑学>

翼よ!あれが巴里の灯だ
 1927年5月20日午前7時52分、チャールス・リンドバーグは、スピリット・オブ・セントルイスと名づけられた飛行機に搭乗、ニューヨークを出発。燃料積み込み重視のため、非常用パラシュートもなし、サンドイッチ5個と1リットル弱の飲み水を携えただけの命がけの飛行だった。総飛行距離約5800km、33時間半のフライトの末、翌 21日の午後、「翼よあれがパリの灯だ」という名セリフとともに、パリのル・ブールジェ空港に到着。初の単独無着陸大西洋横断飛行に成功した。。彼の快挙は『翼よ!あれが巴里の灯だ』で映画化され、著書『スピリット・オブ・セントルイス号』はピュリッツァー賞を受賞。第2次大戦では陸軍省顧問、戦後准将となった。また32年に彼の長男が誘拐・殺害された事件は、子女誘拐犯に死刑を課する「リンドバーグ法」制定のきっかけになった。