5月27日(日) 仏滅
旧暦 4月13日
月齢 11.6 十三夜 (若潮)


<行 事>
東京湯島天神祭(28日まで)
兵庫県相生ペーロン祭(28日まで)


<過去の出来事>

初めて日本に来た象を8代将軍吉宗が見物(1729年)

米東インド艦隊が浦賀に来航、通商を要求(1846年)

貿易銀の一般通用を許し金銀複本位制となる(1878年)

山陽線全線開通(1901年)

ロシアのバルチック艦隊と日本海海戦始まる(1905年)
 日露戦争下の1905年(明治38)。ロシア軍は日本軍を逆襲するためにインド洋にいたバルチック艦隊をウラジオストックに回そうとしていた。敵は宗谷海峡から来るか、対馬海峡から来るかわからず、日本中が脅えていた。連合艦隊司令官・東郷平八郎は「敵は必ず、対馬を通る」と断言し、朝鮮の南にある鎮海湾で迎え討つ作戦に出た。そして、東郷元帥の見通し通り敵艦隊は九州の西方から現れた。「本日天気晴朗なれども浪高し」の言葉とともに出撃し、5月 27日にこれを撃滅。日本軍の大勝利となった。

ピカールが気球で人類初の成層圏へ達す(1931年)

サンフランシスコ湾に金門橋が完成(1937年)



<記念日>

無し


<今日の雑学>

でっかい夢をかなえた金門橋
サンフランシスコ湾の入口(金門海峡)に、金門橋ことゴールデン・ゲート・ブリッジが完成したのは1937年5月27日。全長2830mの吊橋で、塔と塔の間の長さ1280m。ケーブルは5mmのワイヤーが2万7000本ほど束ねられており、その直径は約90cm。ワイヤーをすべてつなぎ合わせると、地球を3周した長さになる。金門橋は、ニューヨーク市にベラザノナローズ橋ができる64年までは世界最長の吊橋だったが、それを造りあげた技術者ジョセフ・シュトラウスがたいへんな小男だったことはあまり知られていない。大人になっても身長が150cmしかなく、学生時代にラグビーをやりたいといったところ、友達から笑われ、ボールがわりにパスされたとか。その時、彼は「いつかでっかいことをやってお前らをあっといわせてやる」と心に誓ったという。金門橋が完成した時、彼はさぞかし満足感を覚えたことだろう。