6月1日(金) 先負
旧暦 4月18日
月齢 16.6 居待月 (大潮)


<行 事>

賀茂しょうぶ園 花しょうぶまつり(6月中旬まで)
豊橋 夜店(6月中の金・土・日)


<過去の出来事>

日比谷公園が開園(1903年)

幸徳秋水が大逆罪容疑で逮捕(1910年)

社会・民主などが連立して片山哲内閣成立(1947年)

JIS(日本工業規格)の基本となる工業標準化公布(1949年)

国鉄・専売公社が発足する(1949年)

初の1円アルミ貨発行(1955年)

フランスのド・ゴール内閣が成立(1958年)

「不快指数」を気象庁が発表(1961年)

上野動物園のパンダ「ホアンホアン」人工受精で出産。12月に「トントン(童童)」と命名(1986年)



<記念日>

●写真の日
銀板写真(写真機)は1839年にフランス人画家のルイ・ダゲールが開発し、その2年後には早くもオランダから日本に上陸。その写真機を日本で最初に手にしたのは島津藩(今の鹿児島県あたり)の御用商人・上野俊之丞だった。彼は早速、藩主・島津斉彬に献じ、1841年6月1日に斉彬を撮影したという。これを記念して日本写真協会が1951年に毎年6月1日を「写真の日」と制定した。

●電波の日
1950年6月1日に施行された電波法・放送法により、電波は一般に開放された。これを記念して郵政省は、1951年から毎年6月1日を「電波の日」と制定。国民に広く、電波に関する知識普及と利用の発展を呼びかけている。

●気象記念日
1875年6月1日、赤坂の葵町に設置された東京気象台は中央気象台を経て、1956年7月1日に気象庁に昇格。その際、毎年6月1日が「気象記念日」と制定された。またこの日は、1884年に東京で初めて天気予報が出された日でもある。

●人権擁護委員の日
1949年6月1日、人権擁護委員会法が施行されたことを記念して、全国人権擁護委員連合会が1981年の総会で、毎年6月1日を「人権擁護委員の日」とすることを制定。全国の人権擁護委員が、その使命を再認識し自ら研鑽するとともに、人権思想がより広く普及することを目的としている。

●麦茶の日
「麦秋」と呼ばれる6月初旬は麦の収穫時期であり、夏の暑さを迎えて麦茶が飲みたくなりはじめるころ。そこで全国麦茶工業協同組合は、麦茶の需要拡大を図って、1986年に衣替えの日の6月1日を「麦茶の日」と制定。PR活動を行っている。

●ねじの日
1949年6月1日、JIS(日本工業規格)の基本法である工業標準化法が公布された。これを記念して、日本ねじ工業協会は、工業技術の隠れた担い手である「ねじ」に関心をもってもらおうと、1976年から毎年6月1日を「ねじの日」と制定した。

●プロポーズの日
ジューンブライドの月にちなみ、1994年に全日本ブライダル協会が、6月の第1日曜日を「プロポーズの日」と制定した。



<今日の雑学>

カラー・フィルムの発明
6月1日は「写真の日」だが、実用的なカラー・フィルム製版法を完成したのは「ゴッド」ことレオポルド・ゴドフスキー・ジュニアと「マン」ことレオポルド・マニスというふたりの発明家。彼らはニューヨークの高校時代、写真が趣味だったことから知り合った。1917年、総天然色が売りものの映画を見にいったが、質の悪さに憤慨し、優れたカラー・フィルム製版法の開発にとりかかった。だが、イーストマン・コダック社からの技術援助と投資会社や親からの資金援助を受けながらも、研究は遅々として進まなかった。30年にはコダックのスタッフに迎えられ、3年後ようやく2色フィルムを完成。即時発売を望むコダックをおさえて、さらに3原色フィルムの完成に没頭。そして35年4月15日、夢の結晶であるコダクローム・フィルムが全世界に発表された。