2月3日(土) 大安
旧暦 12月18日
月齢 17 居待月 (大潮)


暦の雑節
節分 (せつぶん)
 「季節を分ける」ことから節分という。本来は春夏秋冬全てに節分があるが、現在は春の節分だけを「節分」と呼ぶようになった。かつては大晦日的な意味合いもあり、「鬼やらい」の行事が行われ、「節分の豆まき」として現在にも伝わっている。


<行 事>
奈良春日大社万燈籠


<過去の出来事>

鶴岡八幡宮が焼失(1296年)

大岡忠相が江戸町奉行となる(1717年)

トルコから独立、ギリシア王国が成立(1830年)

出口ナオが大本教をはじめる(1892年)

慶応義塾創設者・福沢諭吉没(1901年)

ケネディ大統領が対キューバ全面禁輸を指令(1962年)

ソ連のルナ9号が月面軟着陸に成功(1966年)

第11回冬季オリンピック札幌大会が開会(1972年)
 1972年のこの日、アジアで初の冬季五輪が札幌で始まった。世界35カ国165人が参加、日本は70m級ジャンプで笠谷幸生が優勝した。



<記念日>

●のりまきの日
節分の夜、恵方(歳徳神のいる方)に向かい、太巻き寿司を1人1本、誰とも話さず食べきると幸福になれるという言い伝えから1987年より全国海苔組合が制定。



<今日の雑学>

豆まきの起源
今日は節分。節分とは立春、立夏、立秋、立冬の前日、つまり季節の変わり目のことで、狭い意味では立春の前日を指す。旧暦では立春が元日にあたるため、いろいろな行事を行う風習がある。豆まきは大陸から入ってきた「追儺(ついな)」「鬼遣(おにやらい)」などと呼ばれる宮中行事が起源。日本へは文武天皇の706年に疫病が流行したことをきっかけに取り入れられ、平安時代には年中行事となった。「当時は陰陽師(おんみょうじ)が祭文を詠むなか、大舎人(おおとねり)寮の長大な者が黄金四目の面をつけた方相氏となって「鬼遣!」と大声を上げ、右手の戈(ほこ)で左手の楯を叩いて疫鬼を追い、群臣が桃の弓と葦の矢で打った。のちに、方相氏自体が疫鬼と見られるようになり、民間の豆まきの習俗と結びつけられて、今日の形となった。