2月24日(土) 先負
旧暦 1月9日
月齢 8.2 九夜月 (小潮)



<行 事>
京都上賀茂神社さんやれ祭


<過去の出来事>

幕府、ミシンの講習会(1868年)
 東京大学の前身であり、幕末における最高学府だった開成所で、「ミシンの使い方を教えます。仕立物の御用も承ります」という旨の幕府の布告が、1868年(慶応4)2月24日付け『中外新聞』に掲載された。日本へのミシン渡来は、1854年(安政元)のペリーの2度目の来日の折で、将軍家定夫人に献上したといわれる。英語の「ソーイング・マシン」の「マシン」がなまって「ミシン」となった。

日本鉄道会社の機関手ら 400人、鉄道初のストライキに突入(1898年)

奥村五百子らが愛国婦人会を創立(1901年)

第1回旅順港港口閉鎖作戦を開始(1904年)

日本社会党結成(1906年)

日本が国際連盟を脱退(1933年)

作家・直木三十五没(1934年)

日本と北欧を結ぶ北極横断航空第1便が出発(1957年)

連続テレビドラマ「月光仮面」スタート(1958年)

昭和天皇、大喪の礼(1989年)



<記念日>

●地雷を考える日
1995年(平成7年)にカンボジアで地雷の根絶を訴える集会が開かれた。



<今日の雑学>

年ごとに名前を変えた人物
1934年2月24日、芥川賞と並ぶ日本の二大文学賞・直木賞にその名を残す、直木三十五が他界した。代表作「南国太平記」からとって、この日は「南国忌」として供養されている。早大を中退し、1923年、「文藝春秋」の創刊に参加。のちに「南国太平記」で流行作家となった直木の本名は、植村宗一という。ペンネームの直木三十五は、本名の一字「植」を2分して苗字を直木とした。名前の三十五は、実は毎年変わっていた。一つ年をとるたびに、年齢に合わせて三十一、三十二、三十三と変更していたという。しかし、35歳以降は、面倒になったのか、語呂がよかったからなのか分からないが、名前はずっと変えず、三十五のままとなった。