3月4日(日) 大安
旧暦 1月17日
月齢 16.2 立待月 (大潮)



<行 事>



<過去の出来事>

藤原頼通が宇治の平等院鳳凰堂を完成(1053年)

前野良沢・杉田玄白らが腑分けを見学(1771年)

江戸に「文化の大火」が起こる(1806年)

リンカーンが第16代米大統領に就任(1861年)

著作権法公布(1899年)

第1回アジア競技大会がインドで開催(1951年)

カナダ航空の旅客機が羽田空港の防潮堤に激突。死者64人(1966年)

高見山大五郎、外国人初の関取となる(1967年)

高野連、公式試合での金属バットの使用許可(1974年)

長谷川恒男、グランドジョラス北壁の冬期単独登はんに初成功(1979年)



<記念日>

●ミシンの日
1990年にミシンの発明200年を記念して日本家庭用ミシン工業会が制定した。由来は「ミ(3)シ(4)ン」の語呂合わせ。ミシンは1790年にT・セイントが発明したとされているが、正式には1846年に初めてアメリカのE・ハウが特許を取った。日本へは1860年、ジョン万次郎がアメリカから初めて持ち帰った。ちなみに「ミシン」は英語のmachineを日本語読みした訛からきている。

●サッシの日
サッシメーカーの吉田工業が「サッ(3)シ(4)」の語呂合わせから制定。サッシの普及をPRしている。サッシとはもともと窓枠の意味だが、現在では一般にアルミ・サッシなど金属製の窓枠を指す。



<今日の雑学>

前野良沢・杉田玄白らが腑分けを見学
1771年3月4日、江戸の千住小塚原の刑場で腑分け(解剖)が行われた。蘭学医の前野良沢・杉田玄白・中川淳庵は17年前に山脇東洋が初めて刑死体を見て書いた『臓志』を見て、漢方医の五臓六腑説に疑問を抱き、自分たちも実際に人体の内部を知りたいと考えた。そこで腑分けの許可を願い出、斬首された京都生まれの青茶婆という老女を腑分けすることになったのだが、医師が直接に死体に触れることは許されなかったため、雑役が腑分けするのを見学。ドイツ人クルムスのオランダ語訳解剖書『ターヘルアナトミア』を片手に見入っていたところ、その解剖図と一致していることがわかり、日本語訳することにした。彼らは翌日からこの難事業にとりかかり、3年4カ月後に『解体新書』として刊行。この間の苦心談は杉田玄白の『蘭学事始』に記されている。