3月10日(土) 大安
旧暦 1月23日
月齢 22.2 二十三夜 (小潮)



<行 事>
宮城塩竃神社帆手祭


<過去の出来事>

元明天皇が平城京に遷都(710年)

平安京の応天門が焼失(866年)

足利義満が室町新第(花の御所)に移る(1376年)

治安警察法が公布(1900年)

日本軍がロシア軍を破り奉天を占領(1905年)

B29の東京大空襲。死者10万人(1945年)

富士山頂に気象レーダー設置(1965年)

新幹線岡山〜〜博多間開業(1975年)

ベトナム解放勢力が中部高原で集中攻撃開始(1975年)

都市銀6行がオンライン提携開始(1980年)



<記念日>

●農山漁村婦人の日
日本の農林漁業就業者の6割を占める女性の役割を再評価して、地位向上を図ろうと農林水産省が1988年に設定。農閑期の女性の休息日とされる女人講が10日あたりに行われるためこの日が選ばれた。この日は「自然をいかすキャリア・ウーマン」をキャッチ・フレーズに、各種のイベントを行い、啓蒙・普及に努めている。

●東京都平和の日
1945年3月10日深夜0時8分、アメリカのB29爆撃機が東京上空に多数飛来。従来の軍事施設に対する昼間精密爆撃とは異なり、戦闘員・非戦闘員無差別の木造家屋密集地帯に対する夜間焼夷弾爆撃が行われた。この「東京大空襲」により、東京の全建物の25%が破壊され、8万人以上(10万人以上という説も)が一夜にして殺され、100万人が家を失った。のちに東京都はこの日を「東京都平和の日」と定め、都民が平和を考える日として行事を行っている。



<今日の雑学>

応天門の炎上
866年3月10日夜、大極殿の前にある応天門が炎上し、棲鳳・翔鸞の左右二楼も延焼するという事件が起こった。この事件の経過を描いた絵巻物『伴大納言絵詞』によると、大納言伴善男は左大臣源信を失脚させるために、この事件を信らの反抗だとして直ちに責めたが、参議藤原基経や太政大臣藤原良房らによって信の無実が明らかになり釈放。そして同年8月、放火現場の目撃者が現われ、犯人は善男の子中庸であることが暴露され、善男は伊豆、中庸は隠岐、共犯者の紀豊城は安房に流された。この結果、古代からの豪族である大伴氏や紀氏らは没落、藤原氏がさらに勢力を増したという。現在の人間からは優雅に見える平安朝でも、どすぐろい陰謀がうずまいており、後ろ暗いことの多い貴族たちは陰陽道や加持・祈祷に熱心だったのである。