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4月20日(木) 先負
旧暦 3月1日
月齢 29.4 新月 朔 (大潮)
<二十四節気> |
穀雨 (こくう) 三月中 (弥生:やよい) 太陽視黄経 30 度 春雨降りて百穀を生化すれば也(暦覧) 田んぼや畑の準備が整い、それに合わせるように、柔らかな春の雨が降る頃。この頃より変りやすい春の天気も安定し日差しも強まる。 |
<行 事>
科学技術週間
滋賀水口まつり
<過去の出来事>
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<記念日> |
●逓信(郵政)記念日 1871年4月20日(旧暦3月1日)江戸時代から続いた飛脚制度に代わり、東京〜大阪間に国営の新式郵便制度が行われるようになった。これを記念し、郵政省(前逓信省)は1934年からこの日を「逓信記念日」と定め、記念式典や功労者表彰など各種行事を行っている。また4月20日から26日までの1週間を「郵便週間」とし、著名人が「1日郵便局長」となったり、郵便教室が開かれたりしている。 |
<今日の雑学> |
怨霊となって都を震撼させた菅原道真 現代でも学問の神様として崇められている菅原道真。845年、学者の家系に生まれた道真は、文章(もんじょう)博士となった後、讃岐守、蔵人頭となった。宇多天皇、醍醐天皇に重用された道真は、899年に藤原時平が左大臣になった時には右大臣に任ぜられ、学者として異例の出世を遂げた。しかし、道真を邪魔に思った時平は、道真が天皇を廃し、自身の女婿斉世親王(醍醐天皇の弟)を立てようとしていると天皇に上奏。道真は太宰権帥(だざいのごんのそつ/九州にある大宰府の長官)に左遷され、903年に没した。都の人々は不遇な晩年を送った道真の怨霊の祟りを恐れたが、909年には時平が病死。923年3月に皇太子保明親王が亡くなるに至り、道真の魂を鎮めるため、同年4月20日、朝廷は道真を右大臣に復し、正二位を贈ったのだった。 |