6月10日(土) 先勝
旧暦 4月22日
月齢 21.5 (宵月) (中潮)


<行 事>
岩手盛岡チャグチャグ馬コ


<過去の出来事>

水野忠邦が印幡沼開拓を命ずる(1843年)

初めて会計見込表(予算表)を発表(1873年)

立志社の片岡健吉ら国会開設の建白書を提出(1877年)

英が清より九竜半島を租借(1898年)

米大統領ルーズベルトが日露講和を勧告(1905年)

小説家有島武郎が波多野秋子と情死(1923年)

中国国民政府が漢口から重慶へ移る(1938年)

防衛庁設置法・自衛隊法が公布(1954年)

フィリピンのピナツボ火山大爆発(1991年)

皇太子徳仁と小和田雅子嬢が結婚(1993年)



<記念日>

●時の記念日
1920年(大正9年)に生活改善同盟会が制定したもので、その由来は「日本書記」に671年の4月25日(グレゴリウス暦の置閏法を敷衍して適用すると671年6月10日にあたる)に漏刻と呼ばれる水時計を新しい台に置き、鐘や鼓で人々に時刻を知らせたと記述されていることを記念して制定。



<今日の雑学>

ジャン・ジャック・ルソーの子供たち
「自然に還れ」という名言で知られるフランスの啓蒙思想家ルソーの著書『エミール』は、今では児童教育のバイブルと呼ばれているが、出版当時はその異端性のため裁判にかけられ、1762年6月9日には有罪判決を受けている。主人公エミールの誕生からソフィーとの結婚までの成長過程に従って教育論を説く『エミール』は、自然に従うことを教育の根本と説き、近代の教育理念、社会構造に対する批判を鋭く展開。彼は「父親の義務を果たすことのできない者は、父親になる資格もない。父親たる者は、貧乏とか職業とかさまざまな人間的要因を理由にして、子供を養育し、教育をする義務から免れえない」と述べている。しかし、ルソー自身は、まったく逆。32歳で妻テレーズと出会った彼は、6年間で5人の子供をもうけたが、貧乏だったため、生まれてきた子供を片っぱしから捨子養育院に送り込んだのだ。10数年後、子供たちに会いたくなったものの、子供たちの誕生日も覚えておらず、結局、その後1度も会ってないという。