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12月18日(月) 仏滅
旧暦 11月6日
月齢 5.1 (夕月) (中潮)
<過去の出来事>
源実朝の『金塊和歌集』が完成(1213年) 土用にうなぎを食べるようにした仕掛人!? 平賀源内没(1779年) 国学、蘭学、薬学、鉱山採掘、エレキテルの実験、浄瑠璃や滑稽本の作者、日本初の物産会開催など、型破りの奇才、平賀源内。一説によると、彼が“土用の丑の日はうなぎのかば焼き”の仕掛け人だとか。うなぎは、タンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラルなどを含んだ栄養食品。健康上の危機と考えられていた土用を乗り切るにはうなぎがもってこい! というわけで、うなぎ屋に頼まれた源内が「今日は土用の丑の日」と書いた看板を店頭に置かせたのが評判になったとか。1779年(安永8)12月18日、源内は破傷風にかかって52歳で牢死した。 朝鮮で洪景来の乱が起こる(1811年) 田中正造が足尾鉱毒問題の質問書を初めて衆議院に提出(1891年) 日本初の海難通信SOSを汽船「第2電信丸」が発信(1908年) 東京駅開業(1914年) 日本の国連加盟案可決(1956年) 戦後初の国産旅客機YS11完成(1962年) イギリス会議で死刑の永久廃止を可決(1969年) 京浜安保共闘の3人が派出所を襲い1人射殺(1970年) |
<記念日> |
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<今日の雑学> |
足尾鉱毒事件 廃鉱同然だった足尾鉱山を1877(明治10)年に買い取った古川市兵衛は、先進技術の導入で6年後には買収時の6倍まで製銅額を増やした。ところが、山林の乱伐、煤煙・廃水・選鉱カスの垂れ流しにより、渡良瀬川沿岸に深刻な公害を与えることにもなった。1896年の渡良瀬川の大洪水で被害は拡大。農民らは陳情を試みたが、警官隊に逮捕されてしまった。富国強兵政策をとっていた明治政府は鉱毒予防を命じただけで操業停止は行わず、鉱毒はやまなかった。そこで立ち上がったのが栃木県選出の衆議院議員・田中正造。1891年の今日、彼は議会に質問書を提出し、即時操業停止と農民救済を迫ったが意見は通らず、1901年に議員を辞職。社会主義者・幸徳秋水らの助力を得て天皇に直訴したが受け入れられなかった。 |